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歌舞伎町のジョー×てらたにこういち、ロングインタビュー [インタビュー]

まず、記事の第一弾としてすでに歌舞伎町のまちづくりでブログを開設し、よくしよう委員会では同じ土俵で歌舞伎町のまちづくりを共に推進しているフリーのクリエイター、てらたにこういち君とのインタビューを行いました。てらたに君と自分は、おそらく表と裏の関係、彼は戦略家だし、情報をたくさん持っている。彼の情報で裏付けられたものと分析によって常にこの街がどうあるべきか、まちづくりはどうすればいいかを考え、議論し、起動修正が必要なら修正し、実行する。

まずは、このインタビュー記事で、私の街に対する考え方、街への感じ方を知ってほしいと思います。

歌舞伎町のジョー×てらたにこういち ロングインタビュー 【インタビュアー:てらたに氏 2008年6月25日(水)】
※細字はてらたに氏、太字が自分のコメントです。

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てらたに:城さんは、最初からずっと感じているのは、この街においていろいろやらなくちゃいけないことはある、だけれどもここの街で生きている人達が去るようなことはしたくないということですよね。

城克(じょうまさる):そう、働いている人もね。たとえば、ホストの連中にしたって、ホストにしかなれないようなコも多い。彼らも歌舞伎町で働くというその働き場所を提供しているのが歌舞伎町だという考え方ね。女の子だってそういうところもあるかもしれない。よそへ行ったら、たとえば他の仕事じゃなかなか厳しいということもある。歌舞伎町には歌舞伎町の厳しさもある。しかし、歌舞伎町だからこそ、働き場所がある。そこは侵したくない。またその受け皿にもならなくちゃいけないし。
話聞いてると、まぁ確かにホストのコたちがどう考えているかわからないけど、基本的に歌舞伎町に店を持ってる、歌舞伎町が好きだから歌舞伎町で店を出すんだし、歌舞伎町で働くんだし。
お客さんも歌舞伎町ってどんなところかなと半分興味もあるかもしれないけど、好きということがなかったら来ないからね。歌舞伎町が好きな連中ばっかりで、それをどうコントロールしたらいいのかとか、だから、やりようによってはまとめられる。みんな夢は同じなんだから。ただ立つ位置が違うんだよね。たとえば
北関東のヤンチャなニイチャンたちにとって憧れの場所であってもいいんだよ。合法であればね。

・今あるルールは守ろうよ?

ルールというか秩序というかね。最低踏み外しちゃいけないハードルはこれだよというのさえ明示してやってるのがたとえば今の迷惑行為排除パトロールだから。

・根本の部分は来街者あっての街だからということですか?

そうそう

・来街者の迷惑、あるいは不快感を与えるような行為そのものはなるべくないほうがいい?

なるべくというより絶対ない方がいい。

・何が課題として残っているかというと、それは見方によって見え方が違うものがあるのでは?

たとえば、来街者というのは単にお客というだけじゃなくて、この街で働く人も含めて来街者と捉えると、お客、それから働く人にとっての需要、ニーズがかみ合うものは残る。迷惑行為であっても、ニーズもあるというものがこの街に存在している。客引きもそうだし、スカウトもそう。ある意味それをうまく利用している来街者がいるというのも確か迷惑行為をやっているヤツらにとって見れば、それがニーズがあるからこそやっているのであって、彼らが引っ込まない理由はそこに対しての供給があるから成り立っちゃっているんだよね。そういう仕事をやりたいという女の子も来るからね。

・だが、法的には違法というものがこの街にはいっぱいある。それは、たとえば深夜の時間外営業なんかもそう。法的には違法、しかしニーズもあるから成立してしまう。

そうそう、そういうよその街にはないというか、ニーズにこたえてくれる街が無いんですよ。だから、歌舞伎町が存在しているし、それを合法的に取りに行きたいと思ってる。ニーズがある以上ね。それは店を経営するほうもそうだし、お客さんもそうだから。お客さんにとって見れば、歌舞伎町で遊びたい、歌舞伎町に求めるニーズがあるから来る。

・たとえば来街者にしてみれば、深夜にキャバクラやホストクラブで呑んだり遊ぶのが違法だと知っている人がどれほどいるのか?

そもそも皆無でしょう。我々は、こういうことをやっている限り、風適法や迷惑防止条例というのが分かっているから違法とかという認識があるけれどもわかってない人はそもそも違法だと思ってないからね。
たまたま、警察に踏み込まれて深夜の社交飲食営業がいけなかったんだというのがわかるだけで、店の経営者は確信犯でやっているかもしれないけど、働いている人間ですらわかってないからね。

・まして遊びに来ている来街者はもっと分かっていない?

そうだね。だから、普通は深夜酒類提供店と社交飲食業店舗と区別つかないよね。多分、行政も区別できていない。風適法の何号とか明確に分かっている行政の人なんていないでしょ。だったらみんな一律でなんでダメなの?って話になっちゃう。

・ただ、一般論として分かってなくてもいいのかもしれないが、少なくとも「まちづくり」をやっていこうという側は知ってなくてはいけないのでは。

そうそう、そこら辺はちゃんと理屈でだめなこと、法律で違法なこと、合法なこと、その間にある脱法ってのが全部分かってることが街をコントロールする側には絶対必要

・僕なんかも時々悩むのが、何のためのまちづくりなのか?その答えが見いだせなくなるときがある。

そこが問題で、歌舞伎町は来街者があるから成り立っているのであって、ある意味では「来街者のための」という言い方もあるし、街で商売している人達にとっては、そこで生活の糧を得ているのだから、店が流行るためのというのも正義だろうし、誰のためのと言ったら誰のためでもなくちゃいけないよね。地権者もいるし、店の経営者という立場の人、それから働いている人、遊びに来る人、みんなそうだよね。そういう人たちのためのまちづくりだと。

絶対言えるのは、行政のための街じゃないし、ヤクザのための街でもあってはいけない。この二つだけは明確でしょ。絶対違うのは。

・一方で、行政職員、たとえば新宿区役所の職員だって歌舞伎町に働きに来ているわけですよね。彼らは、そこに望んでいるわけではないかもしれないけれど、歌舞伎町の住民でもありますよね?

そう。でもその認識はないね。それは、話題が離れてしまうかもしれないけど、新宿区の自治基本条例を制定しよう動きがあって、その委員に
自分は角筈地区から推薦され、角筈地区の代表として参加することになっているんだけど、そこで一番考えなくちゃいけないのは「区民」という概念を、今の行政は住んでいる人しか「区民」じゃない、それは違うでしょということは声高に言いたい。

・そこで、望んでここに居る、或いは働いている人と、望まずにここにいる人とはちょっと違うんじゃないか?

うん、違う違う。だから、区の職員だって、望まずに働いているかもしれないけれど、でも、そんな人に新宿のこと、あるいは歌舞伎町なら歌舞伎町のことを考えてほしくないんですよ。お前らも区民だろと、たとえば歌舞伎町の町民でもいいや、歌舞伎町の一丁目4番地の区役所に勤めているんだから、それだけでも区民だろ、あるいは歌舞伎町の町民だろという認識を持ってほしい。

・たとえば、歌舞伎町ルネッサンスに対する反発というのは、基本的にはまさにそこにあると思う。

そうだね

・この街が好きで、あるいは望んで歌舞伎町にいる人達の声が反映されない。むしろ、望んでではなくやむを得ずここにいるような人たちが変に踏ん張っちゃっている、それは行政を筆頭に振興組合にしても、企業にしても似ている。

そうそう。で、彼らにとって見れば、自分の利害、利益が、街がどうなろうと関係ない人たちだから。そういう人に議論に参加して欲しくない。ヤクザもんも確かに利害という意味では無関係じゃないけれど、少なくとも街がどうなるか、そこに利害が無い人たちが高いところにいて議論している、あるいはそれを何か別のアリバイに使っているようなことは決してしてほしくない。

・そう言う意味で言うと、今の歌舞伎町ルネッサンスの「構造」そのものはいいとしても、人、キャスティングがまさにそれで、ゆえに全く機能しないものになってしまっていないか?

機能しているしてないで言うと、区という行政がそれを先導しちゃって、自分たち行政内のプライオリティだけで街を動かそうとしている。それは違うでしょと。

・しかし、もしかしたら行政が目指しているものと、街が目指しているものも、来街者が求めているものも、実は最後は同じものなのかもしれないのでは。

そうであるべきかもしれない。ただ、立っている位置が違うことによって夢すら、あるいは目的が違っちゃっているのかもしれないよ。

・それは、根本的に分けておくべきことを分けてないからじゃないか。この街に望んで来ている人、居る人と、そうじゃない人たちが分かりにくく混在していて、本来志の上でのアウトサイドにいる人達を外せばちゃんと一つになるのではないか?

そうそう!街に遊びに来る人と、街でそれを受け入れる人という目線は同じでいいと思うんですよ。だけど、行政目線はそれと違うから、つまり望まずにそこで働き、あるいは歌舞伎町担当をしてたりするわけだから、歌舞伎町がどうなったって関係ない人たちがいろんなことを言ってほしくないよね。

・ただ、そこを行政とは言え、歌舞伎町に関わるなら歌舞伎町を好きになれと言っても無理なのかもしれない。

無理無理。だけど、そもそも無理だったらやってほしくない。出来ないことをやろうとすることがいけない。出来ないことをやろうとするのだけではなく、出来ないことを「やる」というものいけない。

・そう、無駄な幻想を抱かせる。

新宿区は、区にしかできないことっていうのが逆にあるわけだから、それが街の意見を受け入れ、街の意思を後ろ支えするようなものであれば、そうすればそれは来街者が求めているものとイコールなんだから。

・たとえば、「安全」という言葉だけをとれば、安全はだれしもが求めているもの。たとえば賑わいであれば、誰もが賑わいを求めて来ているし、ならば賑わいがあったほうがいい。確実に共有できる部分はある。

ある。だけど、そこで行政は「安全・安心」という言葉をいっしょくたにして言っているけれども、安心というのに客観的判断基準はないから、あくまでも主観、それは街の人たち、来街者の人たちが安全な「場」において判断するもので、だから「安心」は外してしまって構わない。
ところが、区行政が考えると施策の上で安心が先に来ちゃうんだよね。安全且つ安心、となると安心って何?って話になる。

・そもそも、安心感を求めている人と求めていない人がいる。たとえば、高齢者にとって安心はもしかしたら必要なのかもしれない。しかし、若い人たちは安心じゃつまらない、安心はむしろいらないかもしれない。しかし、まちがいなく安全は必要でしょう。そのあたりの感覚の隔たりをひとまとめに「安全・安心」ということはあまりに乱暴すぎるように思う。

そうだね。ところが、安全となると、区行政は手を出せない世界じゃないですか。安全といえば、警察、あるいは国、つまり治安というのは国家が維持するものだから、区が治安を維持することは出来ない。そこで区としては「安全」ということを自分たちができないものだからということで、「安心」を中心においてやろうとする。それがそもそもおかしい。

・では、そうなると新宿区に歌舞伎町対策においてやってもらいたいことはなんでしょう。

たとえば、四葉会(シネシティ興業四社)で総合開発としての地区計画をやろうとしてきた。それは地区計画的な網を被せることのできる権能は区にあるのだから、じゃ、それは本当に使えてるのか?現実にコマ劇場・東宝会館の単独再開発(関連記事)で露見したように、全然機能してなかったじゃない。それから、歌舞伎町には街設立当時からある裏界通路と呼ばれている、昔の下水道がそのままの状態で何も活用されないままである。これは、区から言わせれば「街が言わなかったら・・」って言うんだけど、そもそも都から払い下げた区有地なのだから、区が音頭をとって、こう考えているんだけど街のみなさんどうですか?って言う風に先導しなかったらまとまらないよね。それをやらないで、建物の更新・建替え誘導はできない。

・まちづくりをやっていくのが大前提であって、歌舞伎町ルネッサンスを維持するためにやってるわけじゃないですからね。

そうそう。だから、ルネッサンスの中で新宿区ができることと言ったらそれこそ今の二点に尽きると思いますよ。裏界通路どうするの?地区計画どうするの?その部分をやらずに飛び越え、安全をさらに飛び越えて、安心だけを求めようという街づくりは歌舞伎町には合わないよ。
現実に、たとえばいろんなインフラがあるかもしれないけれど、建て坪が25や30坪の5階建のビルはもう老朽化して建て直さないといけない。しかし、経済効率的に今のままでは建て直すことなんか不可能なんですよ。で、どうするかって言うと、そのオーナーの人は相続が発生した時点で売ってどっかへ去る、じゃ、それを誰が買うの?という話になるとそれこそ現実的に暴力団?山口組?系ファンド?大変な話になっちゃう。裏界通路という問題が解決できれば、もしかしたら背中合わせで一緒になってということが可能だし、いろいろと建替え誘導の促進剤にはなりえる。しかも、裏界通路を表に付け替えることによって通りの幅が増す、歩きやすくなる。これこそ、区が考えなかったら出来ないことなんだけど、そこを一切議論してくれないからね。
先日区の昔から裏界通路に関わっている人に話を聞いてみたら、結局自分が在籍しているというか、役目を負った時にやりたくないだけの話なんだと。やらなくちゃいかんとは思っているんだけど、それに手をつけたら大変だし自分の仕事が増えちゃうから自分の在任中はやりたくないっていうのが本音で、それは違うでしょと。そこを誰かに言ってもらわないといけない。ルネッサンス推進協議会の中でそういう議論をして、じゃ、区がもっと先頭切ってこの問題については解決しますとか言ってくれるだけでも大分違うだろうしね。裏界通路を表に付け替えてくれるだけで全然違ってきますよ。建物の建替え・更新の促進にもなるし、道が広くなれば歩きやすくなるし。

・とはいえ、ルネッサンス活動の成果もあったと言える部分もあるのでは?

これだけ国も含めた行政が一同に会して歌舞伎町という土俵で議論する場面ができたと。自分なんかは全国の繁華街で行って話をするのだけど、歌舞伎町ルネッサンスというのは繁華街に身を置く人たちにとっては非常に興味のある事例として写っている。中にいるとそれはわからないのだけど、薄野とか名古屋の栄とか大阪のミナミの人とか、歌舞伎町ルネッサンスというのは今どうなっているの?とみんな注目してくれてるんですよ。そういう意味では、非常に発信力はあった。

・歌舞伎町にとっては発信力というだけでなく、あーでもない、こーでもないといういろんな議論をしたことによって街の人たちが「このままじゃまずい」と、ある意味では反面教師的にかもしれないけれど街の未来に対する関心を持つきっかけにはなったのではないか?

それは、かなり大きな効果があるかもしれない。というのは、これもいろんな商店街に話を聞いてたりすると、商店街の街の人って10年先20年先の発想ってみんなないよね。で、成功している商店街というのは、ある誰かがそこに着目をしてみんなを集めて今日明日のお金勘定じゃなくて5年先10年先のことを見据えて、今、頑張ろうよ、ということなんですよ。
だから、歌舞伎町もどちらかというと人がいっぱい来てシャッターさえ開ければ儲かっていた時代を過ごしてた人たちがいるんだけど、確かに歌舞伎町でも明日明後日の儲け話にしか興味がなかった人たちが、「おや、そうだよね。5年先10年先を想定して今を考えなくちゃいけないよね。」という風に考え方が変わってきていることは事実だろう。でもまだ全部じゃないんだけど。

・コマ劇場の建替えなんていうのは、非常にいい誘因材料になっているわけだ?

そうそう、あの瞬間に5年か8年先か、少なくともそれを考えざるを得ないんだから。じゃ、コマが8年後新しく綺麗になった瞬間、どう街があるのかなとか、じゃ、その閉じている期間はどうしたらいいのかということが現実的に突きつけられている。

・歌舞伎町ルネッサンスの活動が正式に始まった2005年当初、正直あまり街には意思を感じなかった。それが今になって街が意思を持ち始めた。

意思を持ち始めた瞬間に、あれ?行政の思惑とはちょっと違っちゃったよね、というのが露見しちゃったというだけの話ね。

・本当にここからが大事なわけで。

そうそう。よく議論で言うと、目的と手段と理念のこの3つの組み合わせがあるんですよ。目的を達成するための一つ一つが手段、これを戦術と戦略と表現する人もいるけれども、目的が明確になってなかったらば手段なんて考えられないじゃないですか。じゃ、目的が何か?と言った時に、みんなを求心力のある目的に、たとえば歌舞伎町だったら、わかりやすいので言えば24時間特区(何業たりとも営業時間に規制を受けない特別区)を取りに行く、というのを目的にしてもかまわない。
その目的のために、つまり24時間特区が取れるような街にするためにいまこういうことをやってるというのが手段で、イベントもそうかもしれない。
TMO(タウンマネジメント組織)は本来そういうことが官民一体で出来るような組織をつくろうとスタートしたにも関わらず行政の考えで言うと、目的が理念なんですよ。行政の発想というのはどこでもそうなんですけど、歌舞伎町がどうあるべきかっていう目的じゃなくて、いや、目的は安全・安心な街で劇場街の再生だっていう、それは理念でしょと。目的じゃないでしょと。理念は普遍のものがあって、目的は別になくちゃいけない。どうもね、行政マンっていうのは、ずうっと行政マンでいると目的と手段と理念が混同しちゃうんだよね。
だから、イベントで言うと、我々がやっているイベントごとはある目的があって、たとえば負のイメージを払拭しようとか歌舞伎町は安全なまちであるとPRしようとか、ホームレスがいるからどうしようとか、ヤクザもんがいるからどうしようとか、という目的があってその手段としてイベントをやっていた。だけど、イベントをやったとしてもイベントをやるためには道路使用許可とか占用許可とかのいろんなハードルがあって、非常に困難を極めている。これをクリアにしなくちゃいけないよねって言うのが分かってきたから、イベントをやることそのものはもう目的じゃなくなってきている。
当初はどうもとっちがえちゃってね、いろんな困難があったものだからイベントをやること自体が目的化してた時期も実際あった。だけど、それはよく考えてみたらイベントをやることは目的じゃないよね。あくまで手段だよね。ところが、今の区の考え方は完全にイベントをやることだけが目的になってきちゃっている。それは違うでしょ、と。

・劇場街再生再開発というのがこの歌舞伎町にとっては、そこが軸かなというのがルネッサンス立ち上げ当初はあった。言い方は悪いけど、行政も街も、あるいは四葉会自身もそこに頼りすぎたのでは?

期待しすぎちゃったね

・それが見事に裏切られた。

そう。では、誰がその時掛けちがえたボタンを戻すのか、もう一度話をリセットして考え直すのかという時に、街の人たちは非常にフレキシブルだから、たとえばどんな街になろうと生き残る手段はいくらでもあるわけですよ。だけど、行政は前決めたことを否定できない。縛られて、硬直状態に陥ってしまっているというのが区の実態というのはあるね。

・いみじくも7月10日にTMOが発足すると。掛け違いのまま進んでいくということになりますね。

だから、それだけは絶対に避けなくてはいけない。自分はTMOの発足前のルネッサンス推進協議会のスタッフ会議でも発言するつもりではいるんだけども、もう一辺考え直そうよと、目的が何か、ちゃんと明確にしようよと。そしてその手段というのを一つ一つ検証していって、それを実際にやることが対策で、最終目的はこんな街にしたいということの土俵にしたい

・つまり、究極的には「眠らない街歌舞伎町~24時間特区の実現」ということになる。

一番分かりやすい、来街者や歌舞伎町の人たちにコンセンサスが取れ訴求効果が高いのはまさに「24時間特区」を取りに行きますよ、それが実現できるような街づくりを行っていきますということになる。

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【暴力団対策について】

・歌舞伎町対策とは、地域再生だけではなく、もうひとつの柱は暴力団対策というのが軸ですね。

暴力団対策というのが、ミカジメ料不払い宣言のときに、街の意見というのを自分は言ったんだけども、暴力団に対して、あるいはヤクザもんに対して面と向かって真っ向直球勝負をしようというのが街の意思じゃないんだから、暴力団の資金源になるようなインフラは街として排除していきましょうよと。それは、暴力団に向けての話じゃなくて街の人たちにそれはダメだよと、で、そういう人たちを集めてやろうというのが組織犯罪排除協議会の考え方だし、ミカジメ料不払いというはその手段としてうまくいった。
取り締まるのは警察だし、我々はそれを取り締まることはできない。そういう資金源になるようなインフラだけはしてくれるなと、これで押し通すしかない。街ができることはそれ。で、やれば安全が担保される手法なのかなと。

・個人的な考えではあるが、暴対法という法律があり、指定暴力団の枠内で暴力団の組員には人権がない、一方で暴力団というレッテルを貼ることで管理しやすくしている法律でもある。しかし、現実は、指定暴力団の組員以外が犯罪収益を稼ぎ出してたり、また、法律を犯していなくても脱法的に存在している暴力団インフラの構造に含まれるものたち、逆に脱法的な行為や違法行為をやり続けるカタギの人たちも圧倒的に増え、そのあたりの線引きはもうぐちゃぐちゃな社会構造になってしまっている。

そう言う風に考えると、暴対法というのは確かに警察としては伝家の宝刀としてだいぶ強化されてきているけれども、指定暴力団といって暴力団を指定することでそもそも暴力団を認めちゃっていることになってるよね。それも違うよね。最近矛盾感じてる。

・暴力団の資金源インフラに利害が一致している組員に属さない連中が現実に歌舞伎町には多数存在する。客引き連中なんかはまさにそうで。そもそも、暴対法以前なら彼らは暴力団員というかヤクザもんですよね。しかし、暴力団対策というのがただ「排除」を声高に訴えても、受け皿のない施策じゃないですか。ここでは受け皿をどうすべきかという話は置いておいて、では、たとえば暴力団の人が遵法な正業を営んでいたとする。そこは、いわば受け皿そのものであり、十分許容範囲じゃないかという気がする。

そこは、受け入れ側とか社会倫理とか一般論になってしまって、日本の社会というのはもともとそういう人たちを完全には受け入れないものがあるじゃないですか。別に置いておくというか、それはそれみたいな。組員だった人が抜けたからといって、まともな仕事についているなんていう事例は聞いたことがない。

・盆暮れの付き合いだとか、酉の市だとか、まだ様々なものが文化的にも色が残っている。しかし、それも徐々に薄まっていきつつある。現実に暴力団は食えない世界に追い込まれて行っている。歌舞伎町はまさにそうで、一部の幹部は多少食えているかもしれないが、旧来のヤクザ連中、とくに末端は食えなくなってきている。ヤクザじゃ食えなくなっているものの、しかし社会に彼らの居場所はない、受け皿がない。

暴力団の話で、7月11日の組織犯罪排除協議会総会で弁護士の先生に講演してもらうんだけど、彼の論理で言うと本質は変わってないけど実態は変わっているよと。そこで、自分まだ結論が出てないんだけど、本質が変わってなければダメでしょって問題もあるし、本質が変わらなくても実態が合法なものなら認めなくちゃいけないのかなとか。
たとえば、山口組が傘下組織でまっとうな商売をさせている。そういう組織が歌舞伎町で普通の店を開いている。これをどう判断するの?と言ったときに、困るんですよ。明らかに山口組の二次組織が経営している店に間違いないのだけれど、ヤクザもんの格好をしているのが店員にいるわけじゃないし、行列作っている人気店であったらば街のインフラには合う、だけど、これ山口組の二次組織だよね、資金は上部に上がってるよねと。となると、う~ん・・結論が出せない。まぁ個人的には結論は出るけどね。そういう店では飲食はしないとか。しかし、街として考えるとどうなのかなと。

・一方で、組織・法人は暴力団ではなくても、悪さをする人間はたくさんいる。

いっくらでもいるんだよね。

・たとえば、歌舞伎町の場合は、職質で声掛けて実際に半分以上7割近くの者が刃物を持っているという現実がある。ファッションもあるかもしれないけれど、実際に持っている。先日の秋葉原ではないが、ほとんど起きないとは言ってもああいった事件が偶発的・暴発的に起きかねないストレスが社会の中に内在している。

秋葉原の場合はそこをケアしてなかったのは事実だったと思う。歌舞伎町の場合は、そもそも職質をするようになったきっかけはピッキング対策として法律改正によって道具を持っているだけで逮捕となったことで、黒いカバンの中にピッキング道具があるかないかということではじまったと聞いている。ところが、実際にやってみたらそんなヤツはあまりいなくて、たまたまの結果だったのだけど、みんな刃物を持ってたということが出てきちゃった。これは大変だ、危険だということで地域課のお巡りさんが職質かけて刃物をチェックするようになった。
彼らにしてみれば、そういうのはたぶん伝わっているだろうから歌舞伎町ではストレス発散はできないよねっていうのが、抑止力になってたかもしれない。で、持ち歩いていても何にも言われない街で人が多くてってところに事件が発生しやすいということなのかもしれない。

・組織・法人は暴力団ではない。しかし、客引きを大量に使い、それこそ売上の50%を客引きが持ってくる某Sグループの場合だと、山口組が客引きを派遣し、客引きへの人件費からそのまま山口組の資金に入るという構造を持っている。このケースの場合、警察はまだ手を出していないですが、街としてはそもそも違法な行為をしていて且つ暴力団のインフラになっているからこそ、たとえ組織・企業がカタギだとしても排除という姿勢を示すべきでしょう。一方で、ヤクザだって食っていかなくちゃいけないんだと言ってまともな仕事をしているケース、まさにヤクザから見れば社会順応の受け皿ですよね。ようは、今の暴力団対策、受け皿も用意させない、悪いこともさせない、じゃ、彼らはどこで生きていくんですか?

そう。。。
彼らの暴力団を全部なくして、彼ら組員がカタギになったときに受け皿ないじゃないですか。
そこまで面倒見れない、出来ないんだったら、彼らの二次組織かなんだかはともかく、ちょっと単価は高くなるかもしれないけれどもまっとうな出店だったらいいんじゃないのと考えてもいいのかもしれないね。

・少なくとも来街者に迷惑をかけてない、不快な思いをさせないのであればね?

そうそう、来街者にとって安全が担保できるのであればね。ぼったくりしない、客引きしないとかね。

・現実に、歌舞伎町には警察官が山ほどいます。もしかしたら、警察官はいなくても安全なんじゃないですか?

それね、見てるとわかるけど、自分らがパトロールしてて、ちょっとヤンチャなやつに注意するとかなりの確率、8割ぐらいのものはわりと言うことを聞くでしょ。ところが、お巡りさんが声掛けたり行政の人間が声掛けるとみんな歯向かうからね。
ただ、そういう抑止力っていうのは、この街の場合、権力を楯にやっちゃだめだっていうのも感じてる。俺たちの街なんだからお前たちも街で働いているんだったら街のルールで、あるいは街の秩序は守れと、いうほうが話は通じやすいし効き目もある。

・それは当事者としての存在だと思うんですよ。街の人というのは当事者なので、たとえば人が10人いて悪いやつが5人いたとしても5人まともな人がいれば犯罪は起きない。一方で、地方に行くと、歌舞伎町よりもっと広いエリアでそれこそ人が一人しかいない、で、そのたった一人が犯罪者であれば犯罪が起きちゃうんですよ。それを面的に捉えると、歌舞伎町は0.36平方キロしかない小さな街ですけどそこにどれだけの人がいて、さらに警察官も私服制服合わせてどれだけいるやら。一方で地方は、何十倍も広いエリアにいったい何人の警官が治安を守ってるんですか。だから地方の治安はどんどん悪くなる。

そうだね、それは人数の問題だけじゃなくて日本の国の在り方にもつながっちゃうんだけれど・・

・だから繁華街対策というのは、本来十分民間でもできることなんじゃないか。

できるできる、やろうと思えばね。ただ、民間にできないことは検挙するとかそういった伝家の宝刀がないということだね。それはだから、棲み分けというか、餅は餅屋の、警察のやること、街ができること、警察しかできないこと、だからそのバランスという意味で、ルネッサンス推進協議会はそのバランスはとれたものだったから、立ちあげたことそのものは大きな成果なんですよ。

・一番最初の志は間違っていなかったと言える?

そういうことだと思う。治安対策は総合行政という竹花さんの一言は、まさそうだよねってみんな動き出したんだから。

・でも、言い方を変えれば、歌舞伎町対策はもっと街におんぶに抱っこというか、民間負荷が高くていいんじゃないか?

そうだね、構わないと思う。

・行政や警察の影が薄くても、後ろ支えとしての存在があれば街はやっていける気がする。

うん、成り立つ。

・しかし、地方はそうはいかないでしょ。したがって、警察力を地方全体に配分しなおさないと国全体の治安は良くならないのではないか?

そうだよね。。歌舞伎町というのは、ある意味国の治安対策の象徴的な「場」としてあったかもしれない。けれども、もしかしたら非常に特異な場所で、歌舞伎町で治安対策が成功したからといって全国でうまくいくとは限らないかもしれないね。

・むしろ歌舞伎町だから出来る、これだけ人がいて、これだけ民間力が強い街だからこそ。

そうそう。

・でも、そこでいろんな施策を繰り返していくことで様々な問題を露見し、いい反面教師にはなれるのかな。


【歌舞伎町の魅力について】

たとえば歌舞伎町の中には差別がないかもしれない。どんな人にだって、身の丈に合わせて生きる限り歌舞伎町には働く機会が与えられているし、どんな人だって遊びに来れる構図はあるし、そういう意味では居心地のいいところじゃないかな。その変わり、ある一定レベル以上の人にとっては歌舞伎町に魅力を感じないかもしれない。その人たちはもしかしたら銀座とかね、そういうところに魅力を感じるかもしれない。歌舞伎町は何もそこを求めなくていいんじゃないかな。歌舞伎町に行けば、どんな人だって同じように働く場所も、遊ぶ場所も与えられる。

・10年後の歌舞伎町の姿は城さん見えてる?

まだ明確には見えていない。世の中のことって、今、たとえば食糧の問題とかエネルギーの問題とか10年前は想像してないでしょ?それと同じように、10年先にまったく違うような場面が生じるかもしれない。

・ただ、自分が思うのは、少なくとも街の中で城さんが一番見えるはずですよ。

まぁそうだろうね。そういう位置にいる。

・城さんが一番見えるということは、一方で城さんの負荷も責任も高い。

高いね。

・そこにある責任と同時に能力によるボトムネックを作らないようにしてほしい。

そのプレッシャーはあるねぇ・・。もしかしたら、街が向かう軌道をいい方向に向かわせないような足並みを作ってしまう危険性や可能性もある。

・まちづくりの核にいる人というのは、非常に個人では完結し得ない重い責任を背負っていると言える。

そうだね、確かに。でも、その自覚が行政にないんですよ。自分は自惚れじゃなくて、あります。自分が間違えちゃったら、街の将来を誤らせてしまうという。その責任は一人では取れないんだから、絶対間違えちゃいけないよね。その都度その都度、細かいことであったとしても考え方を修正することは可能だし、しなくちゃいけない場面もある。それが、行政の人にはないんですよ。我々は、こっちの言い分を聞いてあっちの言い分を聞いて、全方位じゃないんだけども、しかしそれが八方美人じゃいけない。ダメなものはダメと言い切れるようなものを持ってなくちゃいけないんだけれども、その許容範囲の中ではどうぞなんでも自由におやりくださいというものじゃなくちゃいけないよね。

・たぶんそれが、この街の魅力そのものになるのかなと。

そうそう!だから一言でいえば懐の深いというか、自分として懐の深さを持ってやっているつもりではあるんだけれども、それが歌舞伎町自体が持っている魅力なのかもしれない。

・ある意味歌舞伎町と同体になりつつある感じですね。

そんな感じ。そこは、自分は非常に意識しているし、間違っちゃいけないと思っている。そこに関して、自分の考え方、自分がやっていることに非常に自信があるから、逆に行政の偏った考え方にものすごく批判的にならざるを得ない。

・それは、裏を返せば城さん自身が行政の影響力が大きいと認めているからですよね。

そういうこと。

・警察も同じく?

そうだね、ただ、警察には正義があるからね。法律を武器として、秩序・治安を守るという正義がある。それを違反した者は検挙するとか摘発をするというね。そういう正義があるじゃないですか、100%こなせるかどうかは別としてね。だから警察とは絶対連携しなくちゃいけない。自分たちの後ろ支えになっているのは常に警察あってこそというものだしね。

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インタビュー後、新宿、そして歌舞伎町に対する思いについて・・・

新宿生まれ新宿育ちで、ウチは3代新宿なんですよ。ものすごく新宿に対する愛着があって、サラリーマンやってた時も新宿を離れたくない、転勤したくないとわがまま言ってた。その愛着で、将来的には新宿に恩返しをしたいなというようなつもりでいたし、その時に歌舞伎町の商店街振興組合というのは昔から知ってたし、選択肢の一つとしてもまちづくりとか新宿に役に立つことだったらボランティアでもいいからやりたいというのは持ってた。それがちょっと早まっただけの話で。5年前かな、商店街振興組合の事務局長の声がかかったときはぜひやらせてくださいって言っちゃいました。今やっている仕事は、これまでやってきて、もしかしたら一番やりたかった仕事になっているかもしれない。そう言う意味では、今掲げている「24時間特区」は最大の目標だし是が非でも実現したいと思ってます。

24時間特区をとって歌舞伎町を仮に卒業したら、今度は新宿のことを考えようかな。だったら選択肢として新宿区のことを考えるんだったら、新宿区の首長でしょなんてね、そんな想いもあるんです。半分冗談ですが、半分本気です。そういう人生の引き出しはいろいろ持ってた方がいいと思ってますしね。


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